女性を口説くように(都政新報2024.7.2)

 かすみん現役引退。オリンピック卓球女子の銀メダリスト石川佳純さんのことだ。アグレシブな競技スタイルに愛くるしい笑顔。現役時代の彼女に魅了された人も多かろう。

昨年5月の引退後全国各地の子どもたちに卓球を教えて回るサンクスツアーに彼女はいた。2022年4月に福島県を皮切りにスタートしたこのツアーだが、「スポーツの魅力」と「ファンへの感謝」という理念は、他の競技のこの手のツアーと大同小異であるが、卓球に親しんでもらうことや競技を普及させること以上に、彼女は「入り口」の大切さを説いた。

 7歳で卓球を始めた。飽きっぽい性格ゆえに、物事を続けるのは大の苦手。だが、卓球をやてみたら楽しくて、ラリーが続くようになると面白さは倍増した。

ある日、今までどうしても勝てなかった相手に勝てるようになると持ち前の負けん気に火がついた。生まれ育た山口市を離れて、大阪の中学校へスポーツ留学。その決断は人生での「大きな一歩」、そして世界に羽ばたく「入り口」となったのだ。

 イベントでは小学生たちの質問攻めに遭うのが常だが、彼女が必ず語るのはチャレンジ精神の尊さ。ある日、進学を控えている約400人の小学6年生に向けて言った。

「人生うれしいことや楽しいことばかりじゃない。苦しいことや不安なことがいっぱいあるけれど、新しい入り口から飛び込んでみる勇気を忘れないでほしい。」

そして、こう続けた。「好きなことは、エネルギーが湧いてくる。これが"自分"。そう思えるものに出合えるように、どんどん挑戦してほしい」。成長過程にあって迷い、葛藤する子どもたちの小さな背中をそっと押した。

 この質問は飛んでくるだろうなと思っていた。

「やめたくなったこと、ありますか?」

屈託のない笑顔で、しかも快活に彼女は答えた。

「何度もあります」

頑張っても、歯を食いしばって耐えても、結果が出ないことはいくらでもある。その度に自分に言い聞かせた言葉がある。

──「昨日の自分を超える」

「努力って言うけど、良い時も悪い時も、とにかく続けることが大切なんです」

キラキラと輝く瞳は、どこまでも真っ直ぐで、吸い込まれてしまいそうなほどに澄んでいる。

 2年にわたるサンクスツアーは、4月に大分県内で幕を閉じたが、日本全国どこに行っても、子どもたちが何人いようが、希望者全員との卓球のラリーに彼女は笑顔で応じた。ちょっとしたことがきっかけとなり、「挑戦する心」を育むかもしれない。

たくさんの「入り口」を用意してあげて、子どもたちがその扉を開けてくれるのを、そっと見守ってみる。

小さな背中の成長に、アスリートとしてどう向き合うのか──メダリストの矜持が彼女を突き動かしている。

 もう一人、第一線を退いたのは、サッカー日本代表のキャプテンを務めた長谷部誠さんだ。ドイツでも活躍した彼が書いた本のタイトルは『心を整える』。

なぜか僕はこの本を2冊持っている。

「積ん読」が得意な僕は、書店で買ってきた本を読まずに積んでおき、ネット書店でまた同じ本を買うから、2冊持っていることが多い。

2冊ある本の扱いだが、1冊は常時カバンに入れ、もう1冊は書斎のソファ近くに置いて、その本にどっぷりと浸かる時期をつくる。

 「運とは口説くもの」というページで手が止まる。

天才肌ではないけれど、努力の天才だと自らを評する彼だが、大きな試合で勝利する瞬間には、必ずピッチに立っていた。

だから、

「長谷部さんは運がいいですね」と言われることがある。

多くは語らず、そのたびに彼はこう答えたという。

──「いいですよ」

運というのは、自分が何か行動を起こさないと来ないもの。さぼっていたら運なんて来るわけがない。

でも、ただがむしゃらに頑張っても、運が来るとは限らない。

普段からやるべきことに取り組み、万全の準備をしているからこそ、運が巡ってきたときに、ガッチリとつかむことができる。

多分、運は誰にでもやってきていて、それを生かせるか生かせないかは、準備ができていたかどうかなのだ。

スペイン語で「運」は女性名詞。

アルゼンチンでは「運を女性のように口説きなさい」と言うらしい。

作家・中谷彰宏さんの言葉を借りよう。

「運がいい人も、運が悪い人もいない。運がいいと思う人と、運が悪いと思う人がいるだけだ」

いつも自分のことを「運が悪い」と言っている人がいるけれど、運がいいか悪いか、結局それは自らの心が決めるのだ。

まさに──「思考は現実化する」ということだろう。

だとすれば、女性のように口説くべきは、まさにここにいる「自分」なのかもしれない。

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